彼は橋の上に立ちながら、夜空を漂う雲を眺めていた。雲の隙間から覗く月明かりに照らされて、辺りを包む夜の静けさに耳を傾けた。
そのとき、冷たいそよ風が心地良く、彼の肌を撫でた。漂う雲がだんだんと月を覆い隠していた。いよいよ月が完全に雲に隠れると、彼は橋の上から飛び降りた。
橋の上から地面に近づいていく間まで、彼の意識ははっきりとしていた。それまでの人生が頭の中で高速再生された。ああ、これが走馬灯か。彼はぼんやりと、しかしはっきりと脳内に次々と映る映像を眺めていた。
学校でも仕事場でも、一人でいることが多かった。家庭を持ったことはなく、恋人も作ることはなかった。人間嫌いだったわけではないが、彼を理解する人間は少なかった。彼は変わり者だった。最期まで変わり者らしく、何事にも無関心かのように、自らの人生録を眺めていた。
ふと一つの映像が気になった。彼がファンであった、あるアイドルとの記憶だった。イベント会場でぼんやりと座っていると、その人は自ら声をかけ、彼と写真を撮ってくれたのだった。それは小さなパーティのような、温かいイベントだった。そこで優しく声をかけられた時のことが頭に浮かんでいた。
「楽しんで行ってくださいね。」
ああ、とても楽しかった。彼はふと笑うと、遠のく意識を感じながら、そのまま眠りについた。

コメント