ある夏の日の夕暮れ時。夕日が俺の部屋を焼くように照らしていた。うざってぇ。眩しい。俺は静かにカーテンを閉めようとした。すると向かい側のマンションの窓に異様な光景が見えた。
あれは見ちゃいけない時間だった。ポニーテールの若い女性が、バスローブ姿で誰かを怒鳴っている。少なくとも俺にはそう見えた。
バスローブの隙間から肌色の何かが垣間見える気がして、俺は頑張った。するとその女性がふとこちらを見た。俺はドキッとした。やばい。彼女は一瞬真顔になったが、すぐにニッコリと笑ってこちらを見つめた。俺は思わずカーテンを閉めた。そのままベッドに飛び込むと、時が解決してくれることを願って、眠りに落ちた。
次の日の朝、俺は昨日あったことをすっかり忘れて、出勤しようと駅に向かった。マンションを出ると、昨日見たバスローブの女性が向こうから真顔でやって来た。
やばい、終わった。俺はすべてを悟ったかのように、無表情でその場に立ち尽くした。すると彼女は笑いながら話しかけてきた。
「何してるの?あなたに頼みたいことがあるのだけど。」
俺は一瞬、何が起きたのかわからなかった。
「えっ、俺、あの。」
俺は言い淀んだ。そもそも何を言っていいのかわからなかった。
「今、時間ある?なくてもついて来て。私の頼み事、まさか断らないわよね。」
彼女はそう言うと歩き出した。俺は茫然と突っ立ったままだった。彼女は振り向くと今度は険しい顔をして何か言いかけた。間髪入れずに俺は口を開いた。
「ただいま参ります。」
俺は無言のまま、導かれるがままについていった。するとどうやら彼女の部屋らしきドアの前まで辿り着いた。
「入って。やっつけて欲しい奴がいるの。」彼女はそう言いながらドアを開けた。
俺は愕然とした。まさか昨日の口論の相手を俺がやっつけなければならないのか?
「どうしたの?あなたができなきゃ、私達、とっても困ったことになるわね。」
俺は意を決した。
「奴はどこですか?」
「台所に入っていったわ。お願いよ。奴を叩き潰して。」
俺は彼女に案内されるがまま、台所に行った。そこで俺は愕然とした。
台所には誰もいなかった。騙された。俺は即座に引き返そうと振り向いた。
「何してるの!?そこ!!そこにいるじゃない!!あなたの後ろ!!」彼女は血相を変えて叫んだ。俺は後ろを見た。するとそこには奴がいた。俺は自分の全てに呆れ果てて、ため息をついた。
そこには壁に張り付いたゴキブリがいた。カサカサと壁を元気よく走っていた。
「早く!!取って!!逃げちゃう!!」彼女は金切り声を上げた。
俺は怒りに任せてゴキブリを掴み取ると、そのまま握り潰した。
「これでいいですか?」俺は静かに彼女に言った。
「ええ。ありがとう。」彼女はそう言いながら驚いたようだった。
「では。」
俺はそう言い残して彼女の部屋を出ると、その場から逃げるように走り出した。俺はゴキブリが大の苦手だった。すぐさま自室に戻ると、これでもかと言わんばかりに手を洗った。
その日から、俺は夕方には必ずカーテンを閉めるようになった。

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