怒りの表現について

知性・教育・批評・情報社会批評

怒りながら正しいことを言う人はいる。だが、それは怒っているから正しいわけではない。一方、正しいことを言っていても、怒りながら言えば、それはパワハラになるのが現代の風潮だ。端的に言って、怒りを発揮すべき機会というものがズレまくっている。

命に関わらない限り、取り返しのつかない間違いというのは、少ないはずだ。例えば、SNSではさまざまな不祥事が炎上の対象になるが、命に関わる事案の全てが炎上するかというと、しないことの方が多い。炎上の対象の分水嶺は、わかりやすい悪が見える物語に変換されているか、されていないかだ。

怒りは凄まじいエネルギーを持ち、さまざまな人や物事を動かしうる。SNSは経済的にそれを利用し、怒る者は何かを動かした気分になり、満足感を得る。怒りは、強烈なメッセージ性をもたらすものだ。だが、現代における怒りの表現は、社会が本当に必要とするメッセージを運んでいるか、甚だ疑問だ。