「言ってることvsやってること」の矛盾、他人の生活を覗き見る時間と方法のある人でないとわからず、SNS上だけで判断は難しい。「今言ってることvs過去に言ってること」の矛盾なら、まだ理解できる余地はある。だが発言と行動(過去の発言でも)が完全一致する人間は、逆に怪しい。
もし発言と行動(過去の発言も)が完全一致しているように見える人間がいたら、それはもう一貫性ではなくて、隠匿の技術だ。しかしながら、世間ではそれを社会性というかもしれない。
発言vs行動に限らず、さまざまな矛盾を抱えながら、それとどう向き合うのかを試行錯誤するのが大人だ。その向き合い方が稚拙だという批判なら成立しうるが、矛盾そのものの批判は、あまり意味をなさないではないか。矛盾は可能性の限界ではなく、あらゆる可能性の可能性だ。
ところで、矛盾とは、相反する二つの事象が同時に起きることであるとき、そのような事象は本当にありうるか。二つの事象がどう相反するのかといえば、それは互いに異なる軌跡を辿り、同時に異なる起点から異なる終点に辿り着こうとするからではないか。つまり、矛盾とは事象の同時性ではないか?
なぜ事象の同時性が起きるのか。それは実際に起きているのではなく、過去に辿った軌跡を同時に再現することから生じるのではないか。過去の軌跡は軌道の起点を示し、行き先の軌道に影響を与える。その影響とは擬似的反復の再現であり、そもそも、それは矛盾を避けるためではないか。
