民主主義における正当性と政治判断について

社会・政治・経済構造

数の多さが必ずしも正当性を持つわけではない。民主主義において多数決が正当性を持つのは、その形式に則ったときだけだ。そこから外れて物量にものを言わせるのは、民主主義の外である。その形式に沿わない多数は、民主主義の下で庇護されるべきものではなく、外れた時点でその正当性を失っている。

形式に沿わない多数は民主主義の下で庇護されるべきものではない。制度外の行為とは反社会的である。公民権運動や女性の参政権が認められたのは、その声が制度内で包摂されず、制度内で認められるべきものだからではないか。制度外の声にいかに道を開き、またなぜそれが必要なのかが問われる。 補足すると、この一連の投稿群は声と行為を分けて論じている。これを読み違えると制度外の声=反社会的と主張しているように誤読することになる。

制度に従う多数がそのまま無条件に正しいといえないとき、それは制度に従いながらも多数を反映していないからではないか。一方で多数派の意見を反映すれば、必ず多数が利するというわけでもない。そこで必要となるのが政治判断であり、それを納得させるだけの力を要する者が総理となるべきだ。

現在の大局として日本国には、アジアやアフリカ圏からの移民、中華や欧米圏からの外資が流入しており、その安全保障の多くを米国に依拠している。日本国として現在の国体を維持するには、同じ民主主義陣営と組むことを要する。どのような国体を望み、国際社会における立場をいかに取るのかが問われる。