歴史と認識、現代日本について

社会・政治・経済構造

歴史って不思議ですよね。学校で習う歴史は戦争だとか、政治紛争だとか、経済危機だとかですが、歴史に学べとよく言われても、我々の普段の生活に直接関わりがあるわけではありません。それが選挙などの政治的判断に関わりがあるというのは理解できます。しかし我々の生活の多くは政治的行為に関わりがあるにもかかわらず、生活そのものが政治的行為を含むわけではありません。歴史に人間ドラマがあってそこから学ぶにしても、そうした伝聞による人間ドラマはそもそも不確かではないでしょうか。我々は三世代を跨いで約100または150年くらい生きますが、伝言ゲームでは10人並べて比較的即時に伝言をしても正しく伝わるわけでもないのです。またそうした日常的行為は、歴史には往々にして含まれません。誰かの日記だとか生活の記録が残っていても、それはその人たちの人生の一部を切り取ったものであって、さらにいえば、連綿とした歴史として学ぶものでもないのです。しかし我々の日常はそうした日々の行為の記録の方が関わりがあるものです。歴史は過去の記述であって、そこに権力が関われば関わるほど、記録にも影響が出るのは必然です。それなのに我々は権力者の残した痕跡を追っている。もちろん文献を比較して参照すれば、事実関係はある程度確認できるでしょう。しかしながら、ここでも疑問があります。たとえば昨今の国際政治では、何が事実か確認することも大変である状況です。昨今でもそうなのに、いくら昔の事柄だから当時の権力と現在に距離があるからといって、事実関係の確認に容易な決着を見ているような教科書的言説にはとても懐疑的にならざるを得ません。歴史から学べることは、過去の事実関係を今の権力者がどう見ているかです。

人間の認識は、明確な線引きを求めます。あるがままを受容することが肯定であり、それを受容しないことが否定であるとき、どちらが線引きすることにとって容易であるか、答えは後者です。このことは歴史がいかに操作されようが変わりません。いわゆる歴史の多くは争いの軌跡であり、そこにあるのは勝者と敗者です。勝者は歴史によって自らの利に資するが、敗者の記憶は人間の認識と相性が良い。だから、敗北の記憶には利用価値があるのです。このことにおいて、たとえば日本国は非常に有利な立場にあった。しかし現代の右派や、左派でさえも、このことを全く理解していない。そうはいっても、このことは言うは易し、行うは難しです。昭和の日本はある程度、このことを理解していました。その方法論はかなり機能していたといっていいと思います。だが平成になって、これらのことを嘘のように忘れてしまった、あるいは真にこのことを理解してはいなかった。その方法論が形骸化していた部分を、ものの見事に露呈してしまったのではないか、と私は思います。

昭和期の日本の方法論を模倣することはまったく理に適うことではないと思います。なぜなら、敗北の記憶はその争いに挑み、戦い、敗れた者たちのものであって、それをいくら語りで受け継ごうとそれは伝聞の域をでません。それを語りつぎ、受け継ぐことはその争いに挑んだ者たちへの敬意であって、方法論の模倣のためではありません。それを政治利用してはならないのです。このことは右派だけでなく、左派にも言えることです。しかし、歴史は連綿と続いているものです。政治と歴史は切り離せません。端的に言えば、平成期の日本は歴史観の転換に失敗したのではなく、むしろ方法論の転換に失敗したのです。平成という時期に私たちは何を失い、何を得たのか。そこをまずは振り返ることからでしょうか。「停滞の物語」を「長い冬眠」とするならば、そのことを振り返る必要があると思います。

「脱皮を拒む獣」にはホトトギスの比喩が用いられるでしょう。脱がぬなら、脱ぐまで待つか。脱がぬなら、脱がせてみせるか。あるいは脱がぬなら、殺してしまうか。どれかを選択しなければならないのでしょう。

日本国は「再び成長し、常に脱皮を求める獣」であるべきだと、私は思います。これまでの日本は、争いにおける勝利と敗北、または国としての成長と停滞、この肯定的行為と否定的行為の狭間で揺れ動いてきました。いかに否定を受容し、肯定に転じ、そこから生じる否定をまた受容し、また肯定に転じるか。これに挑むには獣的精神と、原型を留めながらも常に傷ついた皮を脱ぎ捨てる柔軟さと覚悟がなければならないと考えます。