私はここで、一つの会話哲学を立ち上げたいです。
まず会話における時制について、過去、現在、未来があります。雑談やあるテーマについて話しなどするとき、時制的には主に過去と未来について話すでしょう。過去の経験、あるときに何をしてきたか。未来の経験、あるときにどうしたいか。そこでは何が起きたのか、または起きるのか。出来事のほかに、その出来事で何を思い、何を感じたか、または感じるのかについて話すでしょう。
過去、現在、未来があって、過去と未来における出来事、それに伴う意見や感想です。これらを話すことが雑談やテーマに基づく会話です。
このとき、感想とは論理的意見に比べて、感情が重視されます。喜怒哀楽といった感情は、全身で感じる喜びと悲しみ、腹で感じる怒りと楽しみがあります。そのほかにも胸で感じる温かさ(希望や優しさ)と冷たさ(絶望と喪失)があります。このように身体性を伴うものなので、感想のやり取りは親密さを促進するものです。
一方で、論理的意見とは意識を頭脳に集中して駆使するものです。それは単なる感情のやり取りに論理という秩序を与えるものです。
会話とは、感想と論理的意見から成立するものであり、この両者の配分で親密さが制御されます。
そして現在とは、過去と未来について話すうえで、基点として浮かび上がるものでしょう。
