政権運営における問題は物語の有無や良し悪しではない。問題は、生活を支えるための代議制による政権・行政の責任者と、生活における当事者である市民の間にある距離だ。政治と市民間の距離を埋めるため、恣意的なインセンティブを伴う物語が利用されることで、市民生活からの乖離が生じる。
多くの市民は、この物語を生活の当事者として引き受けることが難しい。だから、脱物語化が主張される。だが、生活という世俗的なものが大義だとしても、物語から逃れることはできない。生活を支えるインフラをどう開発・維持・運営するかを考えるとき、お金の扱い方を考慮する必要がある。
お金の扱い方とは配分の問題であり、それは優先順位や価値判断を含む。生活の安定を最重視することも価値判断の範疇であり、世俗を大義とした物語と言える。一方、いかなる物語でも、現代社会の構造の根底には代議制がある。
代議制が政治と市民の間にある距離を生み、その距離を埋めるために物語が利用される。距離とは立場の違いから生じる、利害と情報の距離だ。このとき、政治家の再選を狙う単純化された物語や、有権者によるそれらへの反応など、インセンティブ設計における歪みが生じる。この歪みが問題だ。
