人の格付けをしていると自分に自信を持てなくなる。自分基準で人に優劣をつけると、格上の人を見て自信を無くし、格下を見て安堵するという負のスパイラルに陥る。
自分基準で人の良い面も悪い面も見て初めて、その人の人物像が見えるだろう。長所を見ようとすれば短所も見つかる。短所だけ見て人を判断すれば、薄っぺらい人物像になるのは当たり前だ。
人の長所も短所も見て、特にその短所を自分がどれだけ許容できるか。許容範囲を越えれば無理に付き合う必要はない。こうした人の見方が大事だろう。短所の無い人など、いないからだ。
人を見るときに一番大事なのは、その人がどれだけ人気か、または評価されているかなどではない。自分基準が一番大切だ。なぜなら、実際に人と接するのは、そのような評価や人気を与えた人達ではなく、自分自身だからだ。
自分軸や自分基準という評価軸は大切だ。自分の人生に関して、物事の判断をするのは自分自身だ。だから学問に限らず、さまざまな勉強や学びが重要になる。それは自分軸を鍛えることになるからだ。
物事の評価軸というのは、人の数だけあっていいはずのものだ。だが、集団生活を営む上では、このような評価軸は一本化される傾向にある。でなければ、集団としての意思決定ができず、物事が進まない。評価軸が一本化されると、皆が同じようなことをする。すると、個人としての存在感は薄まってしまう。
個人としての存在感が薄まるとは、つまり、自分軸の無さだ。自分軸の無さとは、自分独自の判断根拠の無さだ。独自性が大事なのではない。自分がその軸をどのように形成してきたのかが問題なのだ。
