その日から、時計の針が逆に回り始めた。大きな時計を冠するその時計台は、町全体を見守るように中心に高くそびえていた。時計台は町の象徴だった。しかしある時を境に、なぜか時計の針が逆向きに回ってしまうことがあった。 誰かが気づく度に皆で直していた。修理の度に皆、首を傾げた。どこにも故障箇所はなかったのだ。ただ針が逆向きに回っていること以外は。
ある日の夜、私は友人と遅くまで飲み交わしていた。すでに三軒のバーを飲み渡り、四軒目に行こうとしていた。気がつくと私達は肩を組みながら時計台の前まで来ていた。外は蒸し暑く、私は上着を脱いだ。 すると時計台の影に妙な人影が小さく見えた。気になってふと目を凝らすと、その影は時計台の中に吸い込まれた。私は肩を組んでいた友人からふと腕を離して自分の上着を預けると、ふらふらとその影の吸い込まれたところに近づいていった。友人はその場で崩れ落ち、道端で寝込み始めた。ライターの火で影の消えた場所を照らすと、扉がわずかに開いていた。私は酒で頭が朦朧となりながらも、それなりに慎重な足取りで中に入った。
中はひんやりとしていて、螺旋階段が上に続いていた。上の方で微かに物音がした。気温のせいか、物音のせいか、それらが醸し出す緊張のせいか、私の頭ははっきりとしてきた。できるだけ音を立てないように、ゆっくりと階段を上り始めた。てっぺんが近づいてくると、物音が少しずつ大きくなってきた。暗闇に目が慣れてきたので私はライターの火を消した。そのとき、上で声がした。 「兄ちゃん、今、なにか物音がしなかった?」 「何言ってんだ。早く針を戻さないと、不正確な時間にならないだろ?」 「お前たち、そこで何をやっているんだ?」 兄弟は飛び上がるように驚いた。私はすでに階段を上りきり、いたずら兄弟をまっすぐに見つめていた。 すると弟らしき子がわめくような調子で囁いた。 「ごめんなさい。兄ちゃんを責めないで。僕が悪いんだ!僕の遅刻癖が直らないから。」 「バカ。何を言っているんだ?正直に言うんじゃねえ!」 私は怒りで兄弟を睨みつけた。 「お前たち。時計の針を戻すことで、遅刻を誤魔化そうとしたのか?」 兄弟はうなだれながら頷いた。 「バカ野郎!」
すると兄弟は私の一喝に驚きながらも、一瞬で私の脇をすり抜けて、一目散に逃げだした。 私は兄弟を捕まえようとしたが、酔いが残っていたせいか、ただふらついただけで空ぶってしまった。 なんとか体勢を立て直すと、兄弟の後を追って階段を下りた。 外に出ると友人が目覚めており、私の上着に嘔吐していた。 「おい、ちょっとお前!」 私が呼びかけると、友人が真っ青な顔を上げて言った。 「すまん。覆水盆に返らずだな。」 そう言うと友人はそのまま倒れ込んだ。あきれ果てて、しばらくの間、私は言葉を失った。 私は深くため息をついた。振り返って時計台を見ると、針の向きが逆方向に進んでいた。 私はそれを放ったまま、友人を抱えて帰路に着くことにした。

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