多様性について

考察メモ

昨今、多様性を尊重しましょうということがよく言われる。人それぞれ様々な考え方や価値観、抱える状況がある。確かに、その違いを許容することは大事だ。だが、現代における多様性の尊重とは、尊重できるように扱うということになっている。それは多様性を操作可能なものにすることと同義だ。
多様性とは本来、人が関わり合いを持とうとする上で、共通項を見つける過程で顕現する差異である。いかなる差異を抱えていようと、それが問題点として顕現するのは、関わり合いの中だろう。先に差異があろうがなかろうが、関わり合いがなければ、社会的問題とはならない。個人的問題であっても、差異が問題視されるのは社会的文脈である。そして、その異なり方は関わり合いが続く限り、許容されるものだ。逆に言えば、許容されない差異が生じた時、関わり合いの継続は難しくなる。そして、これらのことは結果論にすぎないし、そのように置いておくべきだ。関わり合いがあって、その中で顕現する差異を許容するのと、関わり合うために多様性を重視するというのでは、順序が逆である。本来、後から顕現する未知の差異を、尊重という言葉を持って先取りしてしまっているのである。
先取りとは、尊重するために必要なことを、関わり合いの前に揃えることである。この時点で、その関わり方はある種の型にはめられている。つまり、多様性の尊重によって、多様性が失われているのだ。人との関わり合いとは、事前に規定されない枠組みでこそ多様なものであって、それこそが人間の豊かさである。この豊かさを守ることこそが、多様性の尊重ではないだろうか。

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