言葉と行動は、往々にして比較して評価されるものだ。たとえば、有言実行とは、言葉と行動が一致していることをいうだろう。一方で、不言実行などとして、言葉にすることなく、行動に反映することを美徳とする者もいる。
だが、言葉にすることも行動の一部である。人間は何らかの形で、動かなければ死んでしまう。ここで真に重要視されているものは、言葉と行動の違いではない。言葉にすることというその動きが、その人間の生へと直結しているか否かだ。
言葉と行動が一致していれば、一貫性の美徳として評価されうる。一致していなければ、信頼されにくい。言葉だけで行動がなければ、評価されることもない。行動も動けばよいわけではなく、その人の生に結びついて、初めて評価されうる。
要するに、ここで評価されているものは、言葉の有無でも行動の有無でもない。一人の人間として、どのように生きているのか、ということである。一個人の言葉と行動の有無を比較して批評するような行為は、その人の生の在り方を批評するに等しい。
一個人の生の在り方を批評することは、人の人生を断することと同義であって、重い責任を負うものだ。少なくとも、そうした責任は、社会の制度の中で必要に応じて、初めて負われることもある。
私がここで問うているのは、一個人の生の在り方を批評する者がいるとき、それがどのようにして駆動されているものなのか、ということである。その動機によって、批評の在り方も、受け取られ方も異なるものになるということは、念頭に置いておきたい。
言葉と行動の比較、評価について
考察メモ
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