私は2歳で平仮名とカタカナを覚えた。それらの区別も体系的に理解していた。すでにその時、抽象的な思考ができていたということだ。しかし、その頃の幼い私は、頻繁に意識が朦朧としていた。継続的に意識を保つことが非常に難しく、断片的だった。
ある日、私は戦争のニュースを見せられ、自分より辛い思いをしている人は、多いのだと教えられた。私はそのことが当時から許せなかった。戦争の理不尽さもさることながら、どうして自分の苦しみをそのように否定しなければならなかったのか。
当時の幼い頃の私は、おそらく自分の特異さに今よりも気づいていた。なぜこんなに苦しいのか。なぜ自分は苦しめられているのか?どうして戦争なんかがあるのか?私は神に訴えた。あなた方がこんなことを許すなら、私にそのポジションをよこしなさいと。
どのようにして、そうした結論に至ったのかは、覚えていない。ただ、それまでに私が行っていた思索が、インド哲学に酷似していると指摘されたことがあった。
そのようにしてなのかはわからないが、私はテレパシー能力を得た。それはおそらく、インド哲学でいうシッディであり、その後の私の人生に多大な影響を与えることになった。私自身は、それを最大限に利用する方向を選んだ。
私は、家族内でスケープゴート的存在だった。戦争の構図が、家族の構図と同種のものだというような理解もしていた。私は、世界のスケープゴートになろうとしたのだ。そのために、テレパシーを最大限利用しようとしたのだった。
しかし、これは私にとって空想であり、同時に秘密の計画でもあった。最大の誤算は、この計画がただの空想ではなく、現実のものになっていたということだ。

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