私は戦争が嫌いだった。国という一つの社会的集団が一部の代表者の決定によって、他の国の民を虐殺するという行為が納得いかなかった。その代表者はその国の民によって形式上彼らの意思を体現することになっている。だが戦争で死ぬ者達はそうした営みとは必ずしも関係があるわけではない。必ずしもというのは、まったく関係のないことを示すわけではない。いかなる国、またはその他社会的集団においては、一部の代表者の決定によって政治的営みがなされており、その国民の生活はそうした営みの上に成り立っている。その政治的営みが他の国のそれと衝突が起こるとき、戦争は起きる。
現代においては、ほとんどの国の政治的行為は連関性をもって為されており、ある国の政治的行為が他の国にまったく影響を及ぼさないということは、ほとんどない。つまり、多くの国の政治的行為が戦争という許しがたい行為を誘発しかねないという危険を孕んでいる。
そうした情勢にあって、私は20世紀末に生まれた。私は戦争が幼い頃から嫌いだった。なぜ私が戦争を嫌いだったのか、それは上記の理由以外にもあった。私は予言者だった。私は戦争がいつ勃発するのかを予知することができた。しかしその予知は、本当に予知だったのか。あらゆる予知がなされていくなかで、それが予知なのか、それとも言葉による誘導なのか、私は判断できなかった。
36年以上生きてきて、私はこの予知について、一定の見解を持っている。結果的に私の予知は予知であり、また誘導でもある。私はあまりにも鋭利な感覚を持ち、あらゆる微細な事象を拾いすぎる。これは私が感覚を通して何かを得ることにおいて、他の誰もが拾えないことを拾うことができる一方で、多くの人が得ることができるものを取りこぼすという矛盾を生じさせた。鋭利な感覚は圧倒的に多くの事象を拾う。しかし感覚を通して人間が得ることのできるものは少ない。すべてを自らのうちに孕むことはできないのである。私は多くの人が拾うことができるものを捨てた。そして多くの人が得ることのできないものを求めた。多くの人が拾えるものはほかの人に拾わせ、彼らが得ることのできないものを拾うことこそが私の使命であると思ったのである。そこにこそ自分の存在意義があると。
だがそれは多くの人が得ることができるものの価値を軽視することにつながった。多くの人が拾うことのできるものは、ただ得ることが容易だからなだけでなく、それが必要なことだから皆が拾うのである。皆が拾うことのできないものは、ただできないからだけでなく、拾っても扱いに困るものが多い。それは価値があるからかもしれないし、そもそもないからかもしれない。
それでも私は皆が拾うことのできないものを拾い続けた。そこにしか自分の存在意義を見出せなかったからである。人は私をただの格好つけだとか、人間嫌いだとか、人と違うことをしたがる変わり者呼ばわりする。私はただ、皆が拾えぬことを自らが率先して拾うことで、より多くの人が生き残れるよう祈っていただけである。彼らの無理解は私の誤算であった。多くの人が拾えぬことを拾うというのは、それだけで羨ましがられるものである。私からすればそのような妬みは安直なものとしかいえないが、彼らにとっては違う。
人は一人で生きているわけではない。それは個人から集団まで、あらゆる社会においてそうである。孤独な人から付き合いの多い人まで、その付き合いの程度に関わらず、なんらかの関わりをもって生きている。関係のまったくない人などいないのである。戦争とは多くの関係をもっているから生じるのではなくて、そのことを軽視してしまうことから起こってしまうものではないだろうか。
